車止めの置いてある、明るく人けのない道は、高等学校の裏を抜け河川敷にまで続いている。校舎からは、道を挟んで、背の高いマンションが屏風のように聳え、足元に狭い公園がしつらえてある。学校は退けた頃だろうが子どもたちの姿はない。砂場には蚊帳のような覆いが掛けられている。時折、学校の方から何かのぶつかり擦れる重い音がしてくる。フェンスを挟んですぐの小屋はじつは相撲部の練習部屋で、高く抜かれた窓から、黒く油照る若い頭たちを覗くことができる。それから、この時分には、道の側に植わった幾本もの木の枝が、それぞれふくよかな花房を揺らしている。関山といって、他の桜よりも少し晩い。それで私も、雪のごと吹き散らされる花弁に身をなぶられながら、緩りと歩を進めた。 土手に上がり、つんのめるように駆け下りる。平らかな草敷を選んで座ったはずが、刈り込んで暫くだったのか、鋭く伸びた草の先がぐさぐさと尻を刺すので閉口した。私は頭の髪をそうするように掌に草を撫でつけゆっくりと圧し潰すように腰を下ろした。 川の速く遠いだんだらな音に、それまで混みあっていた頭の中身を吸い取られ、浮かべる言葉を忘れた私はただ惚けたように流れを眺めていた。それも目を向けただけで何を見ているわけではない。土手を走る運動部員らの息遣いや自転車の路音や犬の嬌声が、私の頭の後ろで交差しながら近づき、そして遠ざかった。 少し眠っていた。遠くを渡って来た心地がした。疾くも暮色を帯びたわけではないが、頭を振って日を望んだのちに瞼の裏に残る光の感じが柔らかだった。身を起し枕にしていた本の草を払った。風の強さに内緒話をする少女の手で種火を包んだ。さっ、と青い煙が引かれていった先に、若い釣り人が立っていた。 竿を長く撓わせ消波石の上に身体を傾げた姿は、細枝に立つ仔猿のようだった。仔猿は、危ういほどに上体を倒し川面に触れるかどうかというところで水切りの要領で竿を振る。紅色のルアーがひゅっと音を引いて水に潜る。私の目にはそれが巧いかまずいか分からないが、しばらくそれを眺めるうちに、彼が釣果を得るためでなく投げ入れの練習にここにきていることを知った。期待はずれだったが、しかしどこかでほっと胸をなでおろす私のいることに驚いた。 少年の古里を流れる川を犀川という。私は見たことがない。今目の前を流れるは多摩川だ。これは見慣れた川だが、...