「今度はどんな週末を過ごしたのかな。僕はきっと、今日の日にあったことを全部を話しておきたいと思うのだけれど、それもたぶん半分ぐらいに抑えた方が良いのかもしれないんだよ。いつかの日のために取っておくんだ。僕らはゆっくり年を取っていく。「昨日より今日が素晴らしい日だ」なんて、何の留保もなく唄える日が来ないと思えてならないような日がきっとくる。ああ、そんな顔をしないで。けど本当のことなんだ。自由に足が動かなくなって、目もきかなくなって、それでも、ああ、そういえば50年前にこんなことがあって、それを君に話そうとして取っておいたんだって、そんな思い出のへそくりみたいなのをためていって、きっとそのまま取りこぼしてしまうこともあるだろうけれど、そう、こうやってひとりで歩く夜道に拾った感傷を、いつか向かい合っていただく夕食のテーブルに添える花として、こうして言葉を、やっと涼しく眠られる夜に一枚ずつ、押し花の栞に拵えておこうと思うんだ。
ずいぶん前置きが長かったね。でも、君はきっと今晩も真夜中の紅茶を飲んでいるんでしょう。だから、僕も今日の日の話を半分だけしようと思う。筋のない日記、宛のない絵葉書みたいなものだから、眠い目をこすってまで読むものではないけれど、もし君の窓辺にも静かな虫の音が聞こえているのなら、ベッドで祈りをあげる前にどうか目を通してほしい、そんな強気なことを言ってもいいかな。
今朝は割合早い時間に目が覚めて、それでしばらくカーテンの隙間からねじ込まれた日の光に暴かれた部屋の壁を眺めていた。眺めていたのは壁に掛かった一枚の絵で、画家の名前はもう話したんだっけ。朝食をとって、休みの日にしか淹れられないアイスコーヒーを飲んで、緑色のTシャツを着て家を出た。今日は朝から風が出ていたね。
経堂のホームのベンチに座ってしばらく本を読んでいた。待ち合わせた友達がお腹が痛いと言って遅れたんだ。元々行こうとしてたお店はひどく混んでいて、それで駅から北へ歩くことにした。大きな家ばかり並ぶ住宅街で、ひっそりしていたのは日曜日だからかな。
下高井戸の駅の近くに喫茶店があって(別に探して行ったわけじゃないよ、そんな馬鹿な真似はしない)、そこのレモンケーキがとびっきりおいしかったんだ。シロップが染みこんでいて、しかも切りたてのあの白亜の香りがみずみずしい風みたいに鼻を抜けて、思わず笑ったら友達にへんな顔をされた。
シネマで淋しい映画を一本見たよ。ぎりぎりに入ったから一番前の端の席で、上映までの間換気のために非常口を開け放っていたから、あの乾いた風が足をさわって、このまま二時間いられたらいいのにと思った。映画はやっぱり淋しかった。
シネマを出ると日も暮れかかっていて、明大前で井の頭線に乗り換えて下北沢に出た。ねえ、明大前の看板を見るとしょっぱい気がするのは僕だけだろうか?「明大前」が「明太子」に見えて、京王線ってピンクのラインが入っていて、ただのだじゃれなんだけど…
お店の名前は教えないけれど、たまたま入った居酒屋が本当においしいところで、店員さんが少し声が大きかったけれど、そんなのどうでもよくなっちゃうぐらいおいしかったんだ。きっとお酒なしでもおいしくいただけると思うよ。お通しのひじきは深いお皿に盛られて出て来て、茄子の揚げ浸しはまるまる一本、クリームチーズの味噌漬には粗びきの黒胡椒がかかっていて、しめ鯖はその場で炙って辛子と醤油で食べるんだ。どう、夜中にお腹が減って来たでしょう。でも、一番感動したのは南瓜のレモン煮だったんだ。はじめて食べたよ。かぼちゃはあんまり得意じゃないんだけど(話したっけな)、ぐずぐずでなくてちょっと固めで、それに後からほんのり香る懐かしいあの匂いは、ああケーキもレモン味だったなって、でも本当においしかった。今度家で真似してみるよ。そのこともまた書くよ。
下北沢の構内にモスクワっぽい絵があるのは知ってる?プラトークをみたらきっと君も合点がいくと思う。小田急の乗り換え駅で、少し気分がよくて二駅歩いて帰ることにしたんだ。昼よりずっと涼しくて、街路灯のあかりをプラタナスの葉影がやさしく摧くその道には、明日の朝のアサガオの匂いが、予感みたいにうっすらと漂っていた。
ああ、本当に話したいのはここからなんだ。だけど、ほら君はもう眠いでしょう。それに、これからの半分のことは、さっき言ったみたいに、いつかの夕食のときまで取っておくんだ。今はまだ、昨日より今日が素晴らしい日だって、そう思えるでしょう。欲張りすぎたぶんの言葉もきっと、夢の中でなら交わすことができるだろうから。だからおやすみ。」
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