夜中に映画を見ていた。空想の世界に生きる23才の少女は、勤め先のカフェのおかみさんが言った「一目ぼれにもレシピがある」という言葉を信じて、持ち前のすばしっこさで1970年代のパリを駆け回っていた。たった一度のデートの待ち合わせに街じゅうが巻き込まれるのはなんだか周りの人が気の毒な気がして、石造りのアパルトマンはやっぱりどうも住みにくそうだった。それなんかより、カフェの売店でつつましくスピードくじを引いているおじさんの顔が頭から離れなかった。途中トイレにたつ際、一時停止するのがどうしても気が引けて、流しっぱなしのままヘッドホンを外した。
朝起きると軽い宿酔がしていた。日曜日は「ねじを巻かない日」のはずなのにどうしても勉強が間に合わなそうで、でも日入りの悪い自室に籠っていると間違いなく参ってしまう気がしたから無理やり身体を起して着替えるとコーヒーをいれた。ピザトーストの作り方がだんだん上手くなっている気がする。中原図書館に入るのは初めてではなかったけれど、日曜日とはいえこれほど混んでいるとは知らなかった。いつもと比べて席が間引かれていることもあり、なんと閲覧席がすべて埋まっていた。仕方なく時間制限のある席の予約を取って順番を待った。1日に60分×2回までの利用らしく、そんな漫画喫茶みたいなことがあっていいのかとどうしても納得がいかなかったけれど、そうでなくて通いなれた大学図書館の環境が良すぎるのか。戸山にも中央にも人には教えない定位置がいくつもある。
持ち込んだ教材一式を手早く広げると、時間に限りがあるからか最近の自分には珍しいぐらいもりもりと問題を解いた。部屋でだらだらと日中をつぶした昨日なんかよりよっぽどはかどった気がする。規則通り2時間の利用が終わって外に出た時、中庭に面したガラス張りの廊下の端で、その狭い庭を眺めるでもなくただ窓に向かって一心にサンドイッチを頬張っている少年や少女が幾人もいた。荷物の大きさからして浪人生だろうか。せせこましい図書館には飲食スペースすら設けられておらず、だからこうして立ち食いを強いられているのが、何かこう見てはいけないものを見ているような気がして胸が痛かった。だって、館の入っている商業施設のすぐ下の階は小ぎれいなふりをしたレストラン街になっていて、分かったような顔をした「ムサコパワーカップル」たちがひしめいているというのに。それでも、素早く食べられるようにと親御さんの気持ちがこもった大ぶりな野菜サンドの方がよっぽど栄養に富んでおいしそうだった。
紀伊国屋に寄って、心待ちにしていた本を一冊買った。目当てのものが見つかるとひやかしもそこそこにレジへ向かった。長居するには荷物が重すぎた。外に出てベンチに掛けると新しいハードカバーをひとしきり撫で、鞄からキャラメルを取り出して舐めた。なぜだったんだろう、途端、心臓のあたりが(比喩でなく)息も詰まるほど激しく痛んで、目の前をばたばたと走りまわる子どもたちをよそに冷や汗をかき甘ったるい息をぜえぜえと吐いた。1分とせずに治ったので、あまり深く原因を探りはせずに誰にも見られないうちにそっと額の汗をぬぐってしまった。
「当たらないくじをめくるのにも慣れた」と言い切ってしまえるかっこよさを、いつもはいいなと思っていたけれど、少なくとも今はそんなこともない。どうしても当たってほしいくじ(?)がひとつある。どうしてもという気持ちが強すぎてもう一枚買ってしまったぐらいだった。どうしても、どうしても!あんまり念じすぎるとまた発作が起きそうなのでよすとして、そんなに必死な自分がちょっと嬉しかったりする。当落が分かって、もし駄目だったとしたら、そのときまで諦観ぶって「セ・ラ・ヴィ」なんて笑えない気がする。まだ俺はメアリと同い年だ!
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