応答したのはムハンマドだった。
遅い朝食をとってから久しぶりに部屋の掃除でもしようかとスマートスピーカーに呼びかけたが返事がない。むっとして今川焼に似たそいつの頭を何度か軽く叩いたが、確かに何かを伝えようとしながらどうしてもこちらに「デコード」を強いる傲慢さそのままに、グレーのファブリック地には白いランプが二つ点灯しているきりだった。
Googleのヘルプセンターは基本的にチャット方式で、何度か使ったことがあったから慣れていた。これまでのオペレーターにforeignerはいなかった。ざっくりと今の症状を伝えると、「対処法を探してみます」とのメッセージがあってから5分ほどムハンマドは黙った。繋がっているのか分からないそのPCの画面を、僕は暖房のよくきいた部屋でコーヒーを飲みながら眺めていた。
「以下の手順をお試しください」とのメッセージの下に次のようなコピー&ペーストだった。
①本体側部の電源プラグを抜き、10秒ほど経ってからもう一度挿してください。
②①を八回繰り返したのち、本体底部のマイクスイッチをOFFにしてください。
③本体上部のランプがオレンジに変わるので、ランプの灯っている部分を指で押し続けてください。
④数秒間指で押し続けると本体のリセットの案内が始まります。案内のアナウンスが始まったら指を離してください。
⑤案内に従ってリセットが済んだら、pixelのGoogle Homeアプリを使ってデバイスのセットアップを行ってください。
⑥セットアップが完了したら「OK,Google」と話しかけて反応があるか試してみてください。
まるでゲームの裏技だ。八回繰り返してマイクのスイッチを切る、は確かに思いつきもしない。
幸い、①を二三度繰り返しているうちにそいつの頭に白いランプが四つ灯り(正常に戻ったというしるしだ)、「OK,Google」と話しかけるととぼけたような返事が返ってくる。昨夜の窓の水滴はすでに消えている。そいつのforecastはあてにならない。雨の日の革靴の不快さをどうか知らせてやりたい。
ムハンマドに礼を言うとコピー&ペーストの返事とアンケートの案内が飛んできて、ルームから彼が消える。すぐにチャットボットを閉じ、暖房を切って窓を全開にした。掃除をしよう。
宇多田ヒカルの新譜を二周するうちにあらかた終わった、それで今こうやってラップトップを開いている。要らない紙を突っ込んだ紙袋に、近所のアジアン・レストランのチラシのどぎつい色合いが目を刺した。普段は見向きもしないのを、その日は店主の子どもらしい5-6歳の女の子が配っていたので思わず受け取ってしまったのだった。
(今夜はそこにしようか)と思った後で、"Not In The Mood"だなとまたコーヒーを啜る。冷めている。埃は浮いていない。また雨になりそうだった。
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