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ネトネト言わせてNI 仕事納め

   ばーばのやっている目黒の店に人手が足りないというので、夕方から手伝ってきた。母にあげたのと同じハンドクリームと不動前の花屋とケーキ屋とに寄って求めた品々を携えて、帰りにはもたされるだろうお米やその他の品が入るように大きいリュックを背負って大井町線に乗り込んだ。     開店までの間まかないを食べながら少しだけビールを飲んだ。ケーキは明日一人で食べると、クリスマスらしいことは何もしていなかったらしいばーばは、こんなに食べるのが遅かっただろうか。     小さな店は混んで、神棚のように掛けたテレビではフィギュアスケートの大会の放送がかかっていたが、誰が優勝したかすら分からずじまいだった。 夜の冷え込んだことはおやすみを言って外に出てはじめて分かった。駅までの路、雑居ビルの二階のフィリピンパブからシンシンと鈴の音が漏れていた。
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ネトネト言わせてNI ゆる募

  石庫門の上海ハイボールが最近好きで、上海ハイボールっていうのはまあ適当なネーミングというか、ウイスキーのかわりに浅い紹興酒をこれまた炭酸の薄いソーダで割った他ではちょっと見ない代物で。紹興酒といえば前に渋谷の麗郷でしじみやら鴨やらを食べたときにひとり虎の子みたいに抱いたあっつい瓶から少しずつ注いで飲んだのが美味く、帰りは代々木上原まで歩いたら次の日足が痛くて起きられなかったのだった。  そんな風にして帰りは落日飛車を聴いていた。「支那っチャイナ」をいうプレイリストをSpotifyに作っていて、そのほとんどが落日飛車だった。もちろんミツメ経由で知ったバンドだ。メンバーのビジュアルが良すぎる。窓外の雨催の夜空が、九龍のそれをどことなく思わせる。夏なのに肌寒かったな。高校の修学旅行の帰り、ベイジンでのトランジットに両替札を握りしめて駆け込んだバーガーキングのジュースの規格が桁違いだったのを今でもよく覚えている。  あとは、ヤスの「繁華街」。二番のサビがとくに好きで、ちょうどその時は『上海』を読んでいたから尚更というか、でもまだ読み切れていない。講談社文芸文庫は高すぎるくせにカバーをもう少し工夫しろ。  「支那っチャイナ」に加えられそうな曲があれば教えてください。「上海蟹~」はもういいから。

ネトネト言わせてNI 漱石忌

   信号を待つ時、肩口に糸くずがついているのに気がついた。僕はそれをつまみ、またコートにひっつかないように腕を伸ばすと、見えない友人の頭に置くようにそっと指を離した。くずは一瞬自らの落ちなければならないことを忘れたようにふわりと浮いたが、しかし運命を悟ったがためにすぐにそれは風に流されてしまう。僕はそれを見ながら、「 矜羯羅がる 」の字はなぜああ書くのだろうと考えていた。  僕はやっと自分が道を間違えたことに気がついた。思えば今抜けてきた路地にも寺にも見覚えがない。どこをどう歩いてきたのかも覚えていない。近くに地図がなく、やっと見つけた標識にも「牛込柳町」と名前だけかろうじて聞いたことのある駅への案内しかない。このあたりの、よく使って知っている道と全く知らない道とがメロンのひびのように絡みあい、一帯に深く根を下ろした生活の歴史によそ者の自分が絡めとられていく感じが不愉快だった。已に歩き疲れていることもこの時思い出し、明るい店のひとつも見当たらず、曲が止まったことをもしやと抜き取ると携帯電話の充電が切れていた。車ばかり多く通行人の無い通りで途方に暮れていたその時、一匹の黒い猫が角を左へ折れるのが目に留まった。  自棄に近い心を炭のように掻きたて、先を急いでいたのも忘れてその鍵尻尾の影を追いかけているうちに、足元はなじみ深い白い石畳に変わり、もしやと思って顔を上げると、背の高い芭蕉が水気のない葉をがさがさと揺すっている。おもわず「おお、」と声を漏らし、後はもう勝手知った道程だった。    一昨年書いた小説の一節を引いてくる手が、そのまま、腹の上をさすったのは、今日は長く寒い中を歩いてきただろうかと、一日を振り返るがごとく、あの大仰な葬式もまた、これほどに、いやこれ以上に寒い日だったのだろうかと、霜天――開け放しの寺に吹き込む霰の硬さを想う。  うだるような夏の日、耐えかねてといって何に押しつぶされたのかは憶えてなどいないけれども、坂を上った先の山房の隅で、僕はサイダーを飲んでいた。平日の午過で、客はなかった。敷地の余に設えられた広場で遊ばせている子どもらの声が聞こえていた。それから、思い出したように少し眠った。白く、陽が差していた。  あてられた熱を冷ますように、髪を風になぶらせて同じ坂を上ったときには、幸福な夏の日の午後のことなど忘れてしまって...

ネトネト言わせてNI 湯涼み

 郵便受けを見に出たときに、今日の涼しさを知った。あんまり褒められた一日じゃなかった。遅く寝起き、遅い朝食をとり、ずっと部屋にこもっていた。辛いものを食べたから、一日中ずっとお腹が痛かった。夏の旅行のことを思い出したりしていた。冷房はいらなくて代わりに窓を開け放していたので、吹かれる風がさびしかった。  まるで慰めるように、夏以来はじめてお湯を張った。暑いからよしていたのを、陽気を見計らったように。このチャンスを、一週間ほどずっとうかがっていた。身体があいていて、日が落ちる前にお風呂に入れる日が涼しくあるようにと、ころころ変わる天気予報を日に何度もチェックしていた。入浴剤も買ってあった。  ひと夏のあいだ使わない浴槽も、三日に一度は洗っていた。かわいい薄ピンク色のかびをごしごし削って、いたちごっこだった。おかげか、冬と同じように軽く洗っただけですぐに綺麗になった。報われた気がした。  首まで浸かって蓋を閉じると洞窟じみる。ときどき結露が落ちるのもそれっぽい。温かかった。上がるときに、少し立ちくらみがした。  この季節が好きだと、得意になって話していた年があった気がする。切ないから苦手だと、そう話していた年があった気がする。明るいうちについ寝てしまって、だから夜は眠られない。ギターの弦が錆びているのに、ずっとそのままにしている。これから夜はどんどん長くなるらしい。

ネトネト言わせてNI ウーロンハイ

 「気の抜けた夏」というプレイリストを作った。誰にも見せるつもりはない。見せるつもりはないけれど、ほらいいだろと自慢して回りたい。嘘はつかない。ウーロンハイが飲みたい。飲みたいが二日酔いに弱い。困った。  なぜあんなに甘い、ウーロンハイ。俺の行くような店だったら、そんなに上等な焼酎を使っているわけでもないだろうに。氷の溶け方までどこか愛らしさがある。琥珀色の冷たい少しとろみを帯びた我らがウーロンハイ。ああウーロンハイ。くっと傾けたら喉をつるりと滑っていく優しい味の奥から、つんと鼻をぬけるアルコールのつよさと白い花が咲くような茶葉の香り。ついまた一口と手が伸びて、気づいた時には手遅れになっている。そしてまた次の日がむだになる。そうだ、お好み焼きと一緒が良い。もんじゃはいらない。焼きそばはどうしよう。コカ・コーラのロゴの入った、ドリンクバーと同じプラスチックのグラスでいい。細かい白い氷をぱんぱんに詰めて、薄いのでいいから持ってきてくれ。バターコーンなんか頼まないでくれよ、イカ焼きならいいよ。アイスは…帰りにしよう。  居酒屋は好きなのに二日酔いに弱くて、夏夜は好きなのに身体が汗でべたつくのがいやで、だからいっそ早いこと城を構えて、料理のできる友達を呼ぶか自分がはちまきを巻くかすればいい。がんばって揚げ出しやら焼き茄子やら出したりして、結局デパ地下で買って来たよだれ鶏だけ先になくなっている。やっぱりこの時もウーロンハイだ。どうせ酒が入ると好い気になって夜深くに外へ出る。それでスケボーの群れがアスファルトを駆る音にびびってなんとなく黙ってしまう。部屋に戻ったらまた好い気になって、誰かが自分のネトフリにログインして見飽きた映画をかけ始めたりする。グラスは汗をかいて触れるのもいやで、誰かがいれてくれた熱いお茶がおいしく感じる。  それでまんまと寝過ごした朝は、ソファのへりに痛めた首をさすりながらばりばりと氷を割って、大きな鍋に湯を沸かして、何束も何束も素麺を茹でたらいい。薄く切った胡瓜を酢と唐辛子で揉んで。箸の色なんか揃っていなくていい。ただ、朝食のときぐらいはクーラーをいったん切って、朝の空気を取り込んだ方がいい。どうせすぐにうだってまた閉めきるんだから、気を悪くしないでもいい。ぶらっと財布だけもってつっかけに家を出て、最寄りに送った帰りには本屋だ。入ったら難しい顔に見て回る...

ネトネト言わせてNI 長い夏休み

 読み止しの本を放ってこれを書いている。色々なものが落ち着くように落ち着きつつあることを感じる。ふさわしい穴にすっぽりと収まった球を眺めているときのような、不思議とさびしいあの感じを味わう夜だ。  誰にも薦めずに独り愛着している歌手が二人いる。主に昼にかけるのと、主に夜にかけるのと。今は夜だ。蒸すように暑いが、週末にこの冬を過ごすセーターを買いに行きたいなどと、そんなことを考える。  講師に出ている学校は今日が今学期最後の出校だった。隣の席の五十絡みの保健科の女教師と、僕とは、答案を返された生徒たちのあるいは起るかもしれない異議申し立てを待つべく二時間あまりこの席に座っていなくてはならなかったので、いやしい同盟という気分で暫く歓談に耽っていた。退屈がしのげただけではなく、いろいろと良い話が聞けたような気がしたのだが、どうしてか今はその中身を思い出せない。  その帰り――霧雨が音もなく、外堀通りをデザートの皿に降る粉砂糖のように白くけば立てていた――駅の壁に「みたままつり」の張り紙を見つけた。いつか行ったことがあった。その時、財布には誇張でもなんでもなく一銭も金が入っておらず、ただ夏の夜の光と音と熱とにあてられるというそれだけで楽しかった。今出向いてもそうだろうか。  一昨日か、ぎっくり背中になった。そんなものがあるかは知らない。左肩から背中にかけて筋がつっているような、意地の悪い蔦が張り付いているような、不吉な痛みだ。  暫く心配をしていた人がふっと隠れてしまった。それほど親しくしていたわけではない僕から何を言えるわけでもないので、今はただ自分で擦りむいた膝の傷に目を見張る子供のようないたいけさで、口をつぐむしかないような気もしているが、それもわからない。あるいは何かにせっつかれることもあるかもしれない。  長い夏休みが始まることになる。風のない朝の川のほとりの青い柳の木――そんな画が浮かぶ。「青い春」につづく「緑の季節」という想念について、僕はこの数年をとらわれている。いや、僕がしがみついているといってもいい。もう少し離さずにいたいし、あるいはそれにどれだけかかずらってもいいとさえ、強気にそう考える夜だ。  

ネトネト言わせてNI 筆を洗う

  家に籠もりきりだった日の終わりには日記をつけたくなる。  喉が痛いという弟に連坐するかたちで短い蟄居を強いられた。  このところ、朝教えに出る学校では徒然草を諳んじさえ、家では溜まっていた大河ドラマを一息に消化しようというので、書きぶりまでどこか物々しい。  液晶光ばかり浴びて、頭と目が水を吸った袋のように重くなり、仕方がないので携帯を伏せると、伊豆にまつわる随筆をいくつか、それ以上は弱った頭には強いられなかった。雨が降っているのだとばかり思っていた窓は開け放しのままでも吹き込むことはなく、湿った匂いばかりが境目もなく浸み入っていた。  熱いお茶を飲んでもしばらく目を瞑ってみてもどうも気が晴れない。本を読むのをやめて、風呂に入った。昨夏、修善寺から天城を越え湯ケ島に留ったあの旅行のことを思い出した。なぜああもとんとんと話が進んだのだったか。平日の、人のまばらなエクセルシオールで、おそらく傷心の私の我が儘を聞いてくれたのだったろう。有り難い、たとえば今度は修善寺に留って、山と寺と雨ばかり眺めて夏を暮らしてみたい、そんなことまで思った。  風呂に薬は入れなかった。生臭さを匂ったのは、いで湯のことばかり思っていたからか。すぐに出ようとしたのを気が変わって、思いきりカランを捻り冷たい水を浴びた。思わず声が出て胸のあたりからがたがたと音がするようだった。はじめて少し愉快を感じた。きしきしする髪を、女のように絞ってみたとき、短く刈り込んだ髪のもう伸びていることに気がついた。